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カフェパウゼをあなたと

コーヒー片手に語らいを!わたしと、みんなと、そしてあなた自身の過去・未来と。

娘の「おまる」写真をFacebookにアップした両親が訴えられた!オーストリーでの報道から

SNSは楽しいけれど・・・親子で訴訟?

お久しぶりです、ぱうぜです。最近ますますSNSとリアルとの垣根がなくなってきておりますけれども、今日、オーストリー*1から、衝撃のニュースが飛び込んできました。
オーストリーの "Die ganze Woche"誌の記事です。
タイトルは"Tochter verklagt Eltern wegen Töpfchenfotos"(娘が両親を訴えた、おまる写真のせいで)という記事です。
http://www.ganzewoche.at/inhalte/artikel/?idartikel=10019%2FTochter-verklagt-Eltern-wegen-Toepfchenfotos

もっとも、ぱうぜ自身はオーストリーの雑誌状況に詳しくないので、この雑誌がどういうタイプの雑誌なのかはわかりません(ガセネタかもしれない)。しかし、内容はきわめて興味深いものですので、以下、上記記事からわかる範囲での事実関係と双方の言い分を、多少の意訳も交えてお伝えしようと思い、この記事を書くことにしました。*2
なお、この報道を追いかけた英語報道もあります。
Austrian teenager sues parents for putting her baby photos on Facebook - ITV News
適宜ご参照ください。

どんなことがあったのか

それでは、冒頭の"Die ganze Woche"誌の報道に基づき、ぱうぜが理解した範囲で、今回の事案を紹介してみましょう。*3
今回の事件を一言で言えば、赤ちゃん時代の写真(おまるに乗っている写真や、赤ちゃんベッドではだかのまま寝ている写真などが含まれる)をFacebookにアップした両親が、成人したあとの娘から訴えられた、というものです。
両親がFacebookを利用し始めたのは2009年、娘は2016年現在18才で、14才の時に投稿に気がついた、ということですから、2012年ごろ、投稿されているのに気がついたということのようです。
記者は、原告である娘と、被告のひとりである父親に、インタビューを行っています。
以下、口語の意訳(内容については変更していませんが、誤訳等があれば教えてください。)を交えてお伝えします。

原告(娘)の言い分

投稿するときにはもう私は8歳で、「投稿してもいいか」どうか、確認してもらう権利があったはずなのに、お父さん達は赤ちゃんの頃の写真をアップし続けたの。700名も友達がいて、500枚以上もよ。
まったく知らされてなくて、自分がFBに登録できるようになって14歳に登録してみてはじめて、それを知って大変驚いたし、怒ったし、恥ずかしかった。そのときすぐに「写真を消して」といったのに、ぜんぜん聞いてくれない。しょうがないから18歳になるまでまって、両親を訴えたのよ!

(ちなみに、現在は両親とは別居して友達2人と暮らしている模様)

被告(父親)の言い分

私たちにはあれらの写真を投稿する権利があるはずだ。だって、あれは私たちの子どもの写真で、私と妻にとっても美しい家族写真なんだよ。FB友達だって、いいね!って言うんだ。もう今となっては娘は写真を撮らせてくれないんだよ、だからもう投稿することもできない。
だいたい、全てのユーザーに公開するんじゃないんだ、たった700人の、僕らの友達っていう限られたメンバーだけに公開するんだよ。なんでダメなんだ。

率直な感想

皆さんはどう思いますか。まだ判決は出ていません。
私としては、8歳の時点で、彼女にきちんと確認をしなかった両親に非があると思います。
14歳の時点で、削除することもできたでしょう。
写真に残したい、それはわかるのですが、それをどの範囲の人間に公開するかどうかについては、
それぞれの被写体に決定権があると思います。
FBの責任うんぬんも元記事の中では言われています*4けれども、
人のせい、サービス提供者のせいにする前に、
一人のFBユーザーとしても、
「それって本当に公開しちゃってよいの?」という写真については、そっと知らせてあげたいなあと思っています。
一番悲しいのは父親のコメントのこの部分。
「もう娘は写真に写ろうとしてくれない。」
そうなってもいいんですか、と問いかけたいです。

Facebookのフレンドに公開してみたところ

以上の内容を、先にFacebookのフレンド限定で公開してみたところ、実に様々なコメントをいただきました。
「そもそも、人のトイレの写真をアップしてよいの?」
「子どもだって、一人の人格じゃないか」
「子どもの写真は一切アップしないことにしている」
「本人がいやがりそうな写真はアップしないよ」などなど。
実は、この事案は複合問題でして、この事案では両親が悪いよ、と言えるかもしれませんが、ちょっとずつ事情を変えていくと、なかなか線引きは難しい。
そもそも、両親はSNSにオープンな考えを持っているかもしれないけれど、子どもはあまり好きじゃないかもしれない。
両親は「かわいいー!」と思う写真が、本人にとっては苦々しい思い出かもしれない。
8才のときには同意していても、14才(一番気むずかしい頃だよね)では嫌になっているかもしれない。
子どもの誕生日を祝うときに「今までの写真、このままでいいかな?」と
家族でのSNS運用ポリシーを確認する癖をつけるのも、有りなのかもしれないですね。

「子ども」と自分は違う人間であるということ

私自身はまだ子どもを授かっていないので、自分の経験としてはまだわからないことだけれども、
やっぱり父親のコメントから透けて見えるのは、
どこから独立した人格として尊重するのか、ということでもあるんだと思います。
他者を大事にすることは、「異なる考えを持っているかもしれない」と思って
丁重に取り扱うこと、だと思うのです。
それは、実の子どもであっても、いや、実の子どもだからこそ伝えなければならないはず。
皆さんはどう考えますか。

この続きはまたどこかで

今回、ちょっと中途半端な状況でアップするのはどうか、とも思ったのですが、
Facebookフレンドのコメントの中に、「とにかく情報提供というのも大事」というものがありまして、
一個人としての、ブロガー属性での「ぱうぜ」名義で書きました。
もう少し調べたり考えたりして、「横田明美」名義でも引き続き発信していこうと思います。
それでは皆さん、よいカフェパウゼを。

*1:昔はオーストリアとカタカナ表記していたあの国です。

*2:なお、元記事の中には、オーストリーの弁護士によるコメントや、オーストリーのデータ保護法における行政罰、フランス法でのプライバシー保護についての記述などもありますが、ちょっと裏取りができていないので、今回は省略します。「横田明美研究室」ではなく、「ぱうぜ」名義でこちらのブログに書くのは、あくまで一ブロガー・SNSユーザーとして、今回の事件を紹介したい、ということです。

*3:まだ判決は出ていないので、これらの事案整理が裁判で認定される事実とは異なる可能性があることをお断りしておきます。

*4:これを書いている時点で、オーストリーのEコマース法やデータ保護法(日本の個人情報保護法に相当する)など、関係する法律について十分な調査ができていないので、この記事ではその部分については翻訳していません。ご容赦ください。

第3回若手法学研究者フォーラム&研究ハックフォーラムの集いを開催します

お知らせ 研究ハック

ネットからリアルへ、ゆるいつながりの研究会を

ご無沙汰しております、ぱうぜです。このブログでも度々ご紹介している、若手法学研究者フォーラムおよび研究ハックフォーラムですが、この度第3回のイベントを行います。
各フォーラムの設立経緯については以下の二つのエントリーをご覧ください。kaffeepause-mit-ihnen.hatenablog.jp
kaffeepause-mit-ihnen.hatenablog.jp

どのようなフォーラムなのか

設立から2年半ほど経っておりますので、両フォーラムの位置づけについて改めてお知らせします。
若手法学研究者フォーラムは、2015年4月1日時点で満42歳以下の方で、法学について研究している方、これから研究の道を志そうとしている方むけのフォーラムです。現在、67人のメンバーが参加しています。大学所属の教員や院生だけでなく、弁護士や公務員もいらっしゃいます。また、対象にしている法分野・政策分野も様々です。こちらはある程度クローズドな要件を課しています(年齢と、研究するというところを重視した要件になっています。詳しくは上述エントリ内の参加要件をご確認ください)。また、自己紹介投稿をすることを必須としています。
他方、研究ハックフォーラムは、広い意味で「研究することの知恵を交換したい人」が参加要件であり、原則としてはこの趣旨をご理解していただいている方は承認することにしています。

なぜ合同開催でイベントをするのか

過去、この二つのフォーラムは合同開催でイベントを行っています。第1回は昨年夏に東京で、第2回は昨年秋に大阪で行いました。いずれも、修士論文や博士論文、学会に投稿しようとしている論文のアイデアを話していただき、それを参加者で討論したり(法学関連)、Wordのアウトライン機能についての考察を深めたりしました(研究ハック)。
これらをなぜ合同開催で行うのかというと、具体的な内容についても話しつつ、テクニカルなことについても互いに質問する時間を取りたい、ということです。
狭い意味での学術的交流であれば、専門的な研究会で補えます。しかし、私がこの両フォーラムを企画しているのは、ちょっとしたことを質問できる先輩が院生時代にあまりいなかったこと、この「院生砂漠」とでもいう状態が多くの大学院で広がっている、という危機感からです。
分野や立場を超えつつ、またお互いあまり関連性が強くないからこそ、遠慮無く教え合ったり、質問しあったりする環境ができるのではないか。そう考えているからです。
このご趣旨に賛同していただける方のご参加をお待ちしています。

今回は?

今回のテーマは、WorkFlowyというオンラインアウトライナーサービスを使って、みんなでブレストしてみたらおもしろいのでは、というところにあります。
まず、アウトライナーとは何なのか。
みんなでいじれる、とはどういうことなのか。
このようなことについて、研究ハックフォーラムのメンバーで詳しい人から、実演を交えながら説明していただきます。そしてメンバー全員で実践をしてみて、実際に使ってみましょう。
もちろん、今年も若手法学報告もお願いしております。現在執筆中の研究について、多方面からコメントをいただける機会、コメントを考える機会は大変貴重です。「法学」という枠組みからすると、かなりの多様性があるメンバーが参加します。
最後にもう一度、Workflowyを使いながら、ライトニングトークをしてみたり、相互にコメントをしてみたり・・・というような実験を行います。相互コメントのネタとして若手法学報告を用いてもかまいませんし、多様な参加者に質問を投げていただいてもかまいません。
興味がある方は、冒頭に貼り付けた各フォーラムの説明をお読みいただき、フォーラムに参加した上でイベントにご参加ください。
なお、Facebookの仕組みを利用しているため、Facebookに忌避感があり未利用の場合は以下のエントリの2を参考に、登録をお願いします。kaffeepause-mit-ihnen.hatenablog.jp
今度の土曜日開催ですが、まだまだ参加者募集していますので、気になる方はご一報ください。

ネット人格とリアル名義が混交する新連載はじめます

嘘みたいなホントの話

このブログでもたびたびコラボしている岡野純さんと、新しくコラボ企画が始まります。でも、じゅんさんとだけコラボするのではなくて、あの弘文堂とのコラボです。
詳しくは以下のツイート参照。


詳しくは来週木曜日公開の「第0回」に書きましたのでご覧いただければと思うのですが、要するに「ぱうコメ法学版」です(企画案段階では本当にそう呼んでました)。

ブロガーとしての挟持とリアル名義での責任と

媒体は変わりますが、この「カフェパウゼをあなたと」や「ぱうぜセンセのコメントボックス」でのスタンスと同じく、「何度も聞かれたこと、何度も考えたことは、その後の人達につなげるためにもブログ記事にする」ということです。それを「法学教育」の場面でやる以上は「ぱうぜ」名義では良くないので、「横田明美」名義で書くことにしております。
・・・でもねえ、しっかりと混ざっていることは、連載見ていただければわかります(意味深)。

あたためていたことをやるフェイズ

今年はいろんな意味で区切りの年だと思っていて、徐々に「長年温めていたことをきちんと実現するステップ」を踏もうと思っています。このことについてはやっぱり個人ブログである「ここ」で書くべきだと思いますので、また日を改めて書きますね。

ディスカッションと即興ディベートを環境法の講義でやってみた(メモ)

研究ハック

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環境法の講義がうまくいった

環境法の講義ではちょっと実験をしている。昨年は、「3本線ノートを教えてディスカッションをする」という話。今年はさらに一歩進めて、到達目標を「即興ディベートでフローシートを書く」というところにおいてみた。それが思いのほかうまくいったのでとても嬉しい。
詳しくはakmykt.netか、他のサイト用の連載か、別途丁寧に書くけれども、この記事では「どういうコンセプトでやったのか」、そして「どういうツールを使ったのか」についての備忘録を書いておこうと思う。

どうやったらディベート初心者にも楽しんでもらえるか?

最大のポイントは、「ディベート嫌いを作らない」ということ。このことについては、既にアシタノレシピで書いたから参照してください。
発想のために「ディベートモード」のスイッチを入れてみよう
ジャッジに向けてしゃべるんだという意識がないとケンカになるよね


この記事でも書いたとおり、「ディベートとは相手を言い負かすゲームではなく、ジャッジを説得するプレゼンである」というような意識に持っていくことが重要。また、何のためにディベートをするのかというところも分かってもらう必要がある。そこで、いくつかの工夫をした。

ディベート」の前に「ひとり会議」と「ディスカッション」を置く

ディベートに入る前に、まずはお題について一人で感想を書いてもらう。これは毎回の講義終了後にコメントを書いてもらって提出させているので、これまでの講義で10回以上やっていること。すらすらできるはず。
そして、そのあとは班(5,6人で一組にした)のなかで自由にディスカッションをしてもらう。提出用シートには班員の名前を書く欄をつけておいたので、名前を確認してからディスカッションをすることになる。また、「他の班員が良いことを言ってたらそれもメモしてね」という指示も。これで、かなり場が暖まった。
そこからおもむろに「肯定」「否定」「ジャッジ」をグッチョッパで決める。最初からチーム分けをしないのがコツだと思う。

ディベートの後にもう一度感想を書いてもらう

ディベートをした後にはどう考えが深まるのか、もう一度考えてもらう。これで、ディベートをすることの意義が分かってもらえれば嬉しい、とにらんでいたところ、かなり効果があったようだ。これについては別途書こう。

講義の進行上気をつけたこと

ディベートを即興で、しかも経験者がほとんどいない状況でやったので、進行に気を遣った。

あらかじめディベートと法学教育の関連をコメントしておく

これは講義の端々で、ディベートと法学がつながっていることを示しておいた。フローシートとブロックダイアグラムが似ているよとか。特に否認と抗弁の区別はしっかりと。ここをやっておくと、否定側立論と反駁の区別がしやすくなるはず・・・である。たぶん。

ディベートとは何か、については配付資料を準備

今回は松本茂・河野哲也『大学生のための「読む・書く・プレゼン・ディベート」の方法』(玉川大学出版部、2007年)を適宜コピーしたものを配布したほか、アシタノレシピでの連載のもとになっているスライドをアップしておいた。本記事冒頭の写真はこのスライドのトップ画面。アシタノワークショップ→基礎ゼミ→3年生ゼミ→環境法と使い回している。
フローシートの書き方はあらかじめ教えておくけども、ディベート回のなかでも要点だけは繰り返した。

ディベートの手順をおさらい!フローシートも書いてみよう
フローシートは面白いのでぜひやってみてほしい

ディベートの型で議論の立て方とツッコミどころを探してみよう
ツッコミどころ一覧は配布レジュメにも要点を書いておいた


エビデンスはこちらで用意

「ほんとうは準備に1ヶ月くらい掛かるよ」というコメントをしつつ、今回はエビデンスになりそうな新聞記事を用意しておいた。両論併記ではあるものの全体の論調としては論題に否定的な記事だったけど、勝敗には影響が少なかった模様(7つの班で概ね半々だった)。

プロジェクターにタイマーを映写する

40人、7班分の進行管理をひとりでやる必要があったので、プロジェクターにタイマーを大写しにした。
フリーソフト「KTIMER」で、連続タイマー機能が付いているものを選んで、あらかじめ進行予定の分数をセットしておいた。これが大正解。
大きなデジタルタイマー「KTIMER」の詳細情報 : Vector ソフトを探す!
連続タイマーを使うと、設定した複数のタイマーを連続で計測したり、手動で次々に計測したりできます。 ...
これがとても便利→「連続タイマーを使うと、設定した複数のタイマーを連続で計測したり、手動で次々に計測したりできます。」

評価方法はあくまでシート記入

感想シートとフローシートの双方を提出させて、「すべての項目に記入があれば合格」とした。良いことを書いていたら追加点。何を書いても良いという安心を与えつつ、ちゃんと時系列にそってメモをするという習慣を付けて欲しいという狙い。

詳しくは別途書きますね

取り急ぎのメモだけれども、これだけでもけっこうおもしろいんじゃないかな、と思って書いてみた。
ディベートからレポートに生かしてみよう
講義ではレポートまでは時間切れでいかなかったので、感想を書いてもらった

そもそもディベートって講義で習ったんじゃなくてサークルで(しかも英語ディベート)やったんだけど、首つっこんでおいてよかったと思っている。

Kännchen(Kaennchen)入りのコーヒー

カフェ

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いきなりドイツ語の単語が出てきて面食らったかも知れない。今、ちょうどドイツにいます。
現地時間で日曜日なのでまだ休日モード。お昼に出かけた由緒あるカフェにて、好物に出会いました。
それが、ein Kaenchen Kaffee. (ドイツ語環境にない人向けに、ウムラウトをeをつけて表記する書き方にしておきます)
なんてことはない、小さなポット入りのコーヒーのことです。

これが私、大好きなんですよ。

googleの画像検索でKännchenを検索すると、ほとんどは陶器製のポットが出てきます。でも、コーヒーを入れるなら、金属製だな…。

試しに、手元の電子辞書搭載の「小学館 独和大辞典(第二版)」を引いてみると、元になっている単語であるDie Kanne には「(湯茶などの)ポット、(ビールの)ふた付きジョッキだなんて訳が付いています。用例の一番目は「コーヒーポット」なんですけども、その後にはお茶だったりビールだったりを想定した例文が続きます。

でも、接尾語 chen がついて、小さなポットになると、コーヒーのことだけ。

…なんでだろうなあ。たまたまかなあ。…あ、オックスフォード独英辞典のほうだとミルクもあるし、画像検索みるかぎりでもミルク入れのこともKaennchenって言うみたいだな。あぶないあぶない。

この写真を撮ったカフェでは、Tasse(カップ)、Grosse Tasse(大カップ)、そしてKaennchen入りの3サイズを揃えていました。
Kaennchen入りのコーヒーっていっても、カップ2杯分くらい。普通のよりもちょっとお得、って感じ。それ以外に何も違いは無い。

…いや、そんなことないよ。

たとえば、Teeならば、必ずKanneに淹れる。いや、Kanneで淹れる。ポットがないとはじまらない。でも、コーヒーは、本来は別にKaennchenに入っていなくて良いものである。ドリッパーで直接カップに落としてもいいし、サイフォンもありそうだ。

…そう、わざわざ入れられている。淹れた後に。

Kaennchen入りのコーヒーは、とても温かい。だって、金属のヤカンが、ものすごくあたたまった状態で準備されているんだもの。

それを、ちょっとづつ、カップに出していただく。いっぺんに出すと、コーヒーは冷えるし、酸化しちゃってすっぱくなる。ちょっとづつ、ちょっとづつ。

すでにお気づきの人もおおいかとおもうけれども、このブログのタイトル画像も、Kaennchenが映っている。これは、根津のNOMADというお店。わかりやすく「ポット入り」って書いてあるメニューに、最初は何で?と思ったけれども。一度慣れると、ポット入りの紅茶を頼んだ友人とも同じペースで飲めるし、一人で来ていても、自分のペースで飲み進めることができる。

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…うーん、Kaennchen,欲しくなってきたなあ。明日、電車や飛行機を待つまでの間に見つけられたら、買って帰ろうかな。

ホテルでの滞在は快適ではあるけれども、好きな時間にコーヒーを淹れることができない(この部屋には冷蔵庫はあるけど湯沸かしポットが無かった)。家にもどったら、Kaennchen入りのコーヒーを自分のために淹れてゆっくりしたい。

ゴーイングコンサーン

雑記 人生観

ようやく一周目おしまい

夏学期の授業が終わり、採点も終わりました。学位取得時期の関係もあって夏学期授業を持つのは今年が初めてだったので、ようやくこれで一周目がおしまい。
ほぼ同時に、「はじめての主要著作」である、博士論文を元にした連載も、校正作業が全て終わり、あとは発刊を待つばかりに。
…ふう、ようやくこれで、次の周回に入れる。

思い返してみると

前のエントリにも書いたとおり、この一年は(いや、この一年"も")いろいろやっていたんだけども、そのために犠牲にしたものも多かった。ここの更新が止まったこともそうだけれども、日記の習慣であるとか、もろもろのそういうことが。特に、増えすぎてしまった体重は、ほんとうにまずい。かなり疲れやすくなってしまった。もう審美的な見地というよりも健康的な見地でデッドラインがきてしまったようで、このままではどうしようもない。

うーん、「非常事態宣言」で5年間くらい来てしまったからなんだよねえ。
これからは、いかに継続していけるかも考えないといけない。

一度立ち止まるべきかな

増えすぎた体重っていうのは原因ははっきりしていて、【これくらい頑張ったんだから】とか、【いやなことがあった】とかでも食べるし、【みんなで愉しくがんばるぞー!】でも食べるし、そういう甘えの積み重ねがここまで来てしまったのだと思う。
でも、もう家族もできたし、仲間もできたし、職場もできたし、なにより教え子ができた。
わたしが倒れたら悲しむひとが…中学校とか、高校のあの頃よりも…たくさん居る。ありがたいことだ。

もちろん、寿命はあるから「いつまでも続く」経営というのは人生については考えられないことなんだけども、なおすところはなおさないと。

実は、体重を減らすことについては成功したことがないっていうのは、ちょっとマズイかもしれない。

ということでお願い

まずは食事と運動を見直してどうにかしようと思うので、ちょっと付き合いが悪くなったりすると思います。でも、こういう事情なんでおねがいします。
非常事態宣言モードで一周目がなんとかおわったんで、ゴーイングコンサーンになるような環境整備を整えたいところです。

…あれ、こんな内容でブログ再開していいのかな(良いに決まってる)。

あっという間に1年が経って

雑記

1年間、何があったっけ・・・

あっという間に1年が経って、この本家を不在にしがちになっていました。ちょっと、リハビリも兼ねて「長めのツイート」のような気分で、特に構成もせずに書き始めてしまおうと思います。

起算点は現職についてから・・・つまり、大学教員になってからですね。そして、この一年間はひたすら博士論文の公刊というプロジェクトを進めながら、「大学教員一年目」のいろいろを乗り越えつつ、そのうえ好き勝手なことばかりやっていたように思います。ちょっと書き出してみましょう。

駆け出し研究者として

ようやく自分の名前で仕事がきちんとできるようになった一年。けっこういろんなことやってました。

博論連載@母校の紀要

なにはともあれ、博士論文を公表しなければなりません。この一年間は二ヶ月ごとに来る原稿の〆切をひいひい言いながら乗り越えてました。特に、学位申請時バージョンの序章と終章がひどいことになっていたのでほぼ全面的に書き換えておりまして・・・いやはや、文章力無いなあと実感。ずっと伴走してくれていた親友に感謝。早く本にして謝辞書かなくては。

学会報告・研究会報告

自分が所属している学会の公募セッション、お誘いいただいてみんなで出た公募パネルなどなど、学会に登壇するという機会に恵まれました。研究会レベルもたくさんやったなあ。というのも、博論を売り出していかねばいけないし、まだ読んでない人にちゃんと説明できるかどうかでリライト方針も変わってくるし。研究費が使えるようになったこともあって、色々な所に出かけました。
なお、学会報告の内容をまとめた論文も査読通ったようなので一安心。

講演・ゲスト講義

これは嬉しかったなあ。自分がどういうポジションで話せるのか、というのを試せる良い機会でした。なお、ゲスト講義の内容はその後別の学会報告(来週!)にしたり、研究の種になりそうな感じです。

そのほか

スゴく嬉しいところから依頼原稿があってひいひい言いながら書きましたけど、これはまだ秘密。

新米大学教員として

やっぱりこれは大きな転機だったなあ。

講義

狭い意味での自分の専門ではないところを2つ担当することになったので、勉強してはレジュメにアウトプット、という筋トレのような半年でしたね。あと、講義でのコメントに、励まされたり教えられたり説教されたりにやりとしたり、という、精神と時の部屋のような感覚を覚えました。

ゼミ

Twitterで構想→募集→面接→新年会→新学期からスタート、というネットとリアルを行き来しながらのゼミ運営です。サイボウズLive使っているので内部SNS状態だし。

一年生ゼミ

これはスタートしてからまだ二ヶ月しか経っていないけど、すでにいろんなことがありまして。この運営は意識的に「仕込み」をネットでしていたものなので、いま実行プロセスが愉しくて仕方ないです。

学内イベント

図書館で「研究の楽しさを語る」というイベントをさせていただきました。これが法学部からの10年ちょいの総括みたいになってて自分でもびっくり。

ネットの世界がリアルと混交

ネットの世界でのペルソナ運用法を、「両方あるけど中の人は同じ」というスタンスに変えました。これ、10年前からやりたくて仕方なかった方法なんで、この運用が出来るようになったのは嬉しかったなあ、正直。

ぱうぜセンセのコメントボックス

アシタノレシピでの連載。これ、自分が励まされた媒体であるアシタノメンバーになれたということも嬉しかったけど、自分しか書けないコンテンツを週刊で書くという機会でもあり、また兼ねてから主張していた「ブログ記事は説明用データベース」という考えをまさに体現している連載でもあって・・・。正直、これが出来るようになったことが、この1年での一番の収穫であった。

リアルコメントボックスでも

本物の学生からもらったコメントは、本物の悩みが付いているモノで、だいたい自分も通った道だし、たぶん翌年の誰かも通る道なんですよね。このフローを一回限りのモノにしたくなかった、ということですね。だから、かなりの回数「続きはwebに書いておいてあるから、とりあえずやってみて」と言いましたね。

Twitterもブログも二つに

両方あってつながっている、ということで、公的なペルソナと私的なペルソナを併存させてコンテンツも振り分けてみました。まあ、この記事をここに書いている以上、つながっているんですけれども。よく相互RTするしね。

イベントでも

さすがに学会では研究者モードオンリーですが、研究会レベルだと「趣味でやってるブログ仲間とネット選挙の議論しました」とか発言するし・・・あと、アシタノワークショップでやる内容をゼミでやる内容と揃えて両方でやるとか。

好きにやらせてもらえているありがたさ

こうやって書いていると、ほんとこの1年好き勝手にやらせてもらっていたなあと実感します。自分でどういう仕事&遊びをしていきたいのか(この二つ、時々混ざっていますからね)ということがわかっていて、ここ5年間くらい我慢していたモノを、ちょっとずつ出していくつもりが・・・結果、いろいろやらせてもらえて非常に有り難い限り。
もっとも、「〆切を一週間以内に抱えているときは本家ブログは更新しない」というルールで運用しており、結果〆切を概ね守れているのは結構なことなのです・・・が、それで好きに書けないという状況でしたので、〆切を守りつつこちらも更新できるようなリズムを作りたいものです。

思いつくままに書いてみたら本当にまとまりがないことになりました(かつての「日記」もそうだった)。しかし、リハビリとしてはいいかな。色々書きたいことたまっているし、少し調子を戻そう。ということでまた更新を少しずつしていきますのでよろしくお願いします。